日本経済の将来

渋谷 浩
(11/14/2005)

 日本経済は重要な岐路に立っている。したがって、日本経済の中長期的将来について現時点で展望してみることにも意味があるだろう。日本経済が現在直面しており、かつ今後の進路を予想するために見逃せない問題が二つある。第一は、個人の自由選択と関連する人口減少の問題であり、第二はこの国のかたちと関連する大きな政府の問題である。これら二つの問題が、日本経済の中長期的成長率を低下させ、その結果様々な社会経済問題を引き起こしている主要な原因である。したがって、日本経済の将来を予想するには、これら二つの問題が経済成長にどのような影響を与えるのか、そしてこれらの問題が今後どのように解決されていくのかいかないのか、について分析することから始めなければならない。

人口減少

 第一の問題である人口減少の問題が日本の経済成長に与える影響とはなんだろうか?経済成長は大きく分けると労働と資本の投入量および技術革新の三大要因によって決まる。労働に関して言えば、日本の人口が今後50年にわたって絶対数で減少し続けると予想されている。ある試算によると、50年後には日本の総人口が約20〜30パーセント減少するとされている。しかも、三人に一人は65歳以上の老人であるという。さらに、総人口が20〜30パーセント減少する中、労働人口の割合が減少するので、労働人口の絶対数は約30〜40パーセント大きく減少すると推定されている。このような大幅な労働人口の減少が日本経済に与える影響が大きいことは容易に想像できるであろう。人口問題と関連している最近の顕著な社会的傾向は多くの女性の労働市場への参入である。女性の労働市場への参入によって労働人口の減少はある程度緩和されるだろうが、それは同時に結婚そして出産年齢を遅らせる効果があり、現在の制度的状況の下では結果的に人口減少の要因となると考えられている。これは、本質的に個人の自由選択の問題であり、もし国家としての観点から出生率を上げる必要があるとすれば、夫婦が子供を生み育てやすいような誘因をあたえる制度的改革以外には方法はないであろう。もちろん、出生率を上げるという政策以外に、数千万人単位の外国人労働者または移民を受け入れるという政策も考えられる。ただし、日本人の文化的閉鎖性を考慮すると、政治的観点からどの程度実現可能性があるか疑問が残る。人口問題を解決するには、基本的には国内の出生率を上げるか海外からの労働者を受け入れるかの二つの選択しかないことは政策立案の時点で正しく認識しておく必要がある。

 マクロ経済学の観点から見れば、人口の減少は直接的には生産関数における労働投入量の減少を意味し、同時に需要面における経済全体の総需要の減少を意味する。労働投入量の30〜40パーセント減少による生産関数の下方シフトに加え、人口の減少は市場規模の縮小につながるわけであり、その結果、間接的には国内市場規模の縮小に伴う資本投入量の減少にもつながる。資本に関して言えば、経済の自由化・国際化によって国際金融市場が発展し、投資家はリスクと収益を考慮し世界中どこでも投資できるようになってきている。したがって、資本は日本経済の将来性が高くならない限りは、より高い収益をもたらす投資先を求めて海外への流出が継続することが予想される。さらに、人口減少による市場規模の相対的縮小が国内投資に与える悪影響を考慮すれば、国内投資不足による技術革新への長期的悪影響も生むことにもつながる。すなわち、人口の減少は、直接的には生産関数における労働投入量の減少そして間接的には資本投入量の減少および技術革新へのマイナス効果をもたらすことになる。これらをまとめると、人口の減少は生産関数の三変数すなわち労働・資本・技術革新という全ての変数を通じて直接的および間接的に経済成長を低下させる効果を持つという結論になる。

大きな政府

 第二の問題である大きな政府が経済成長に与える影響とはなんだろうか?この問いに答える前に、戦後の高度成長期を経た日本経済がいつから低成長の時期に入って行ったかを事実として確認しておく必要がある。日本経済の成長率の低下は、成長率の時系列グラフを見れは一目瞭然である。それは1970年代の中ごろから始まった。日本経済の低迷は1990年頃のバブル崩壊後に始まったと思っている人たちが多いようであるが、そうではない。では、1970年代に起こった出来事とはなんであったろうか?誰しもが第一次石油危機を思い浮かべるであろう。確かに、石油危機は日本経済の総供給曲線を上方にシフトさせ、その結果、インフレと不況の同時発生というスタグフレーションと呼ばれる現象を引き起こした。当時は、資本主義の危機などと呼ばれたこともあったが、スタグフレーションは、それほど大げさなことではなく単なる総供給曲線の一度だけの(once and for all)上方シフトに過ぎないのである。総供給曲線の上方シフトは一時的にインフレと不況をもたらすことは、マクロ経済学を学んだことがある人ならば誰でも知っている。しかし、単なる一度だけの上方シフトが一時的インフレと不況をもたらすことがあっても長期的成長率の大きな低下を招くことはありえない。実際、1979年に発生した第二次石油危機は日本経済の成長率にほとんど悪影響を与えていない。それでは、1970年代に始まった成長率低下の本当の原因は何であったのだろうか?

 実は、二度の石油危機のような派手な出来事の裏でゆっくりとしかし着実に進展していた重要な出来事がある。それは、官僚の権限と影響力の増大すなわち官僚社会主義体制と呼ばれる「大きな政府」の誕生である。平均的官僚の効用最大化行動は、主に、表面的に社会的利益があると思われる事業(年金制度、公的金融制度、道路整備事業など)に代表される様々な社会的プロジェクトを提案し、予算を獲得し、それらを実行するために必要とされる様々な組織を設立し、そして退職後それらの組織へ天下る、という一連の形をとって現れる。中央省庁の下に特殊法人、認可法人、独立行政法人、民間法人が存在し、その下にさらに官僚達の裁量で簡単に作れる膨大な数の公益法人が存在し、さらにその下に系列のファミリー企業が存在する。中央政府のみならず地方政府にも、これと同じシステムのミニチュア版が存在する。このような官僚の効用最大化行動が顕著に現れ始めたのが丁度日本経済の成長率が低下し始めた時期と重なる1970年代からである。例えば、現在の年金制度の原型が成立したのが1970年代の半ばであった。さらに、日本経済がバブルに突入した1990年前後は、官僚がコントロールするこれらの組織の肥大化がさらに加速した時期でもあった。官僚組織や制度は、一度作るとその必要性がなくなっても存在し続けるので、新しい社会的プロジェクトが実行されるたびに組織は肥大化し自己増殖を続けることになる。しかも、それらのほとんどは赤字経営体質を持っており、政府の特別会計および勘定(年金、郵政三事業、交付金、財政融資など)を通じて、国民の預貯金、保険料、年金および税金を使った不透明な形で赤字を穴埋めしている。ある推計によると、日本の総就労人口のうち、直接あるいは間接を問わず税金から所得を得ている人たち(各種外郭団体の職員も含む)の比率が40%を超えているという。製造業の就労人口が全体の18%でしかないのと比較しても、日本がどれほど大きな政府を持っているかが理解できるだろう。

 日本経済の成長鈍化の時期と官僚社会主義体制と呼ばれる「大きな政府」の出現の時期が重なるという事実を踏まえた上で、始めの質問に戻ろう。すなわち、「大きな政府」が経済成長にとって望ましくない理由とは何であろうか?それは、官僚の効用最大化行動が目指す目的が企業利益の増大ではなく官僚権益の増大であることに起因する。市場経済の下での民間企業は利益最大化を目指す。少なくとも、利益最大化を無視していては市場で生き残ることは出来ない。ミクロ経済レベルでの企業利益の増大は、マクロ経済レベルでは経済成長として現れる。一方、官僚組織と公的企業は経済利益最大化を無視することが認められているし、事実、なんといっても大義名分は公益目的であるから公益=官益という方程式の下で、実際には官僚組織の権益最大化行動を行う。官僚権益の増大は様々な規制や許認可権を通じて実現されるので、それは同時に、自由な民間企業活動を妨げることにつながる。それが過剰になると、民間企業自体が市場での利益最大化行動から政治での権益最大化行動に変化してしまう事態が起こりうる。完全な社会主義国家では、企業経営者のエネルギーは経済活動ではなく政治活動に費やされることになる。したがって、官僚組織とその権益の増大が最終的には経済成長にマイナスの影響を与えるというのは論理的に明らかであろう。

日本経済の現状

 人口減少の問題と大きな政府の問題が、近年における日本経済の成長鈍化の背景にある大きな要因である点を踏まえた上で、日本経済の現状について理解しておこう。まず始めに、経済成長の鈍化は失業、自殺、犯罪の増大という社会問題を引き起こすと同時に、年金問題をはじめとする様々な経済問題を引き起こすという点を認識しておく必要がある。社会にとって経済成長が全てではないという主張は正しいが、経済成長は全てではないがほとんど全てであるという主張もこれまた正しい。実際、高い経済成長があればこの世の経済問題の90%以上は解決されるといっても過言ではないだろう。逆に、経済成長が鈍化すれば、今日本経済が直面しているように年金問題や失業問題を始め様々な経済問題が続出してくることになる。さらに、多くの社会問題の根底には経済問題が背景に存在していることが多い。その意味において、まさしく経済は社会の基盤である。それだけに、健全な社会にとっての経済成長の重要性を十分に認識した上で日本の将来について考えていく必要がある。

 日本経済の将来を考える上で、人口問題は長期的要因であり大きな政府の問題は中期的な要因であると見なすことができる。人口減少は出生率の上昇に向けて適切な対策がなされたとしても、そのマクロ経済的効果が出てくるのは早くても20〜30年後である。他方、大きな政府から小さな政府へ構造改革が適切に実行されて行けば、その効果は比較的早く現れることになる。なぜならば、構造改革の実現を見越した経済プレーヤ達は期待に基づいて今すぐに行動を変えるからである。経済における自己実現的期待の効果は非常に大きい。実際、2005年10月に小泉政権による郵政民営化という適切な構造改革の一部分が実行される見通しとなった時点で、株価はそれを織り込んで2005年の衆議院選挙後急上昇したのは記憶に新しい。株価の上昇は、富効果を通じて、個人消費を増やし、企業の財務状態の改善をもたらし、その結果景気回復に勢いが付くことになる。

 株式市場は日本経済の将来予想を示すバロメータである。経済状況に影響を与えるニュースや政策は瞬時に分析され株式市場に反映される。それで、近年の株式市場の状況を簡単にまとめると次のようになるだろう。バブル崩壊後の1990年代から続いた「失われた10年」の長期不況もようやく底を打ってきた。株式市場はすでに2003年4月に日経平均株価7600円で一番底を打ち一気に12000円まで上昇した。その後、一年間程10500円と12000円の間のもみ合い相場を続けたが、中国経済の急成長に伴う原油価格の暴騰によりドルを大量に抱えた中東オイルマネーが日本に流入することがきっかけとなり、2005年には上昇相場の第2上昇期に突入することになった。ここで、オイルマネーによる株式市場の需給の改善要因に加えて、日本企業の業績改善というファンダメンタルの回復によって株価が支えられている。さらに、衆議院選挙における小泉自民党の圧勝により、大きな政府から小さな政府への構造改革実現への期待が高まり、株式市場は現在(2005年11月現在)底堅い展開となっている。

将来の予想

 これらの状況を総合的に眺めて、今後の日本経済および株式相場の展開について予想してみよう。まず始めに楽観的シナリオ(確率10%)について述べよう。小泉内閣の構造改革が形式的のみならず実質的にも実行され、官僚社会主義体制が終焉し「大きな政府」から「小さな政府」へと日本の社会経済体制が本当の意味で変革される。その成功に伴い、日本経済が中期的に復興をとげ経済成長が今後5年間継続し株式市場も活況を帯びる。それらは、ファンダメンタルの改善に基づいた景気回復であり中期的に持続可能になる。株式市場の活況による富効果と景気回復による個人所得の増大に伴いさらに消費と投資が活発になるという好循環が続く。同時に、人口問題にも適切な社会制度改革が実行され、出生率も上昇を始めることにより日本経済の長期的展望も改善する。その結果、日本経済は再生され長期的経済発展の道を再び歩みはじめる。日本の大きな政府から小さな政府への構造改革の成功が、開発途上国から先進国への移行段階で実行すべき経済モデルとして世界的に認知され、日本の国際政治経済の舞台における自由主義国家としての指導的役割が増大する。このシナリオが実現される可能性は現在の状況では確率10%である。

 次に、悲観的シナリオ(確率20%)について述べてみよう。小泉政権の構造改革が骨抜きの形式的なものになり本質的な制度改革に失敗する。それでも、構造改革が形式的なものに過ぎないという事実が広く認識されるまでは株価は上昇するが、ピーク時の時期が予想より早まり外資は日本経済をあきらめて売り逃げるタイミングを測り始める。景気回復は惰性で1〜2年継続するが、それに伴い金利が上昇し、国債価格が大きく下落し始める。過去十年間以上にわたって保有株を売り国債を購入し続けていた銀行をはじめとする金融機関が、今後は国債価格の暴落により財務状況が急激に悪化し始める。銀行は1990年代には大量に保有した株の下落により失敗し、2000年代には今度は大量に保有した国債の下落によって金融危機を二度引き起こすような経営戦略の失敗を繰り返すことになる。一方、政府財政も景気の腰折れに伴い悪化し始め、同時に消費税アップの導入により、1990年代における橋本政権の増税による政策失敗を再び繰り返すことになる。増税は、景気にとって短期的にマイナス要因であるばかりではなく、小さな政府を目指す構造改革の目的にも矛盾する政策であり、小泉構造改革が内容を伴わない形式的なものでしかないことが明らかになる。その結果、株式市場の活況も日本経済の景気回復も短命に終わり、2010年よりも前に(2007〜8年頃)日本経済は長期低迷の時代に突入することになる。その後、人口問題の解決も見られず日本経済は半世紀以上継続する長期低迷時代に突入する。優秀な人材や企業は日本を捨てて海外へ活動拠点を移す。このシナリオの確率は現状では20%である。

 最後に、現時点で一番確率の高いシナリオ(確率70%)について話そう。日本経済は今後も構造改革が少しずつ進展し景気は中期的に回復し続ける。大量の個人資金が直接および間接に株式市場に流れ出し、2010年前後にバブル的状況になって今回の景気のピークを迎える。出遅れた最後の個人投資家の資金が大量に株式市場に流れだしバブル的になったときに、その個人の買いにぶつけてヘッジファンドなどの外資が売り抜ける。これを期に、今回の大きな景気回復と株式市場の上昇は終焉を迎えることになる。なぜならば、日本の個人投資家が最後に買いに来た後には、次の大きな買い手はもう存在しないからである。日本の個人金融資産残高1400兆(純資産残高はこの数字よりもっと小さい)の中から100〜150兆程が株式市場に入ってくるのが、最後の大きな買い手となるだろう。多くの個人はいつも一番最後に株式市場にやってくる。実際、このシナリオはすでに始まっており、郵貯民営化および年金問題が、株式市場への個人資金の流れに拍車をかけることになる。それを見越した上で、日本の金融機関と個人が1990年のバブル後十年以上にわたり売り続けてきた日本株を、外資はこの十年間ずーと安値でこつこつと買い続けてきたわけである。このシナリオによると、日本経済にとって最後になるかもしれないバブルが起こるのが2010年前後ではないかと推測される。その後、人口減少の問題が未解決のままじわじわとマクロ経済に影響が出てくる。さらに、成功するかに見えた構造改革が官僚の巧妙な手によって実質的に挫折する場合には、2010年よりも前に日本経済は本当の長期低成長時代(2010年から早くても2030年まで)に入ることになる。高値で買うことになった出遅れた個人投資家は数十年にわたって塩漬け状態になる。その後、もう一度、バブル経済が起こるとしても20年後すなわち2030年前後であり、それまでは日本経済は長期低成長時代に入ることになる。これが、現時点で70%の確率を持っている一番可能性の高いシナリオである。



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