世渡りの下手な人

渋谷 浩
(11/16/2005)

 私の知り合いに世渡りのとても下手な人がいる。かれは正義感が強く、不正を見ると簡単に妥協できない性格だ。そのため出世街道からは大きく外れた人生を送っている。昔、私がある組織の中で働いていたとき、同僚が組織の政策決定に反対の意見を持っていたが敢えて対立を表面化する道をさける選択をしたことがあった。その時に、その同僚が言った言葉を覚えている。「犬は飼い主に噛み付いたら終わりだ!」。それが組織で働くものの不問律であると。確かに、飼い主に噛み付いた犬は、飼い主に可愛がられるわけがないし、下手をすれば処分されるに決まっている。組織で働いている人間も基本的には同じである。この不問律は社会に出て数年働くと誰でも自然に学ぶことではあるが、私の知り合いの世渡りの下手な人物は、この不問律をまったく知らないのか、それとも知っていても守ることが出来ないほど正義感が強すぎるのか、そのどちらかであるか私は知らない。ただ、私が知っているのは、彼が自分の利害となんの関係もないことにでも不正を感じたら組織の内外にそれを訴えて、それが上司の気に障り組織内で孤立するというようなことを繰り返し、今は窓際族としてかろうじて生きているということだけだ。

 彼の正義感がどのような基準に基づいたものであるか私は知らない。ただ、法と社会的に正しい行動とは必ずしも一致しないことを理解しておくことは重要だ。現実には、我々はみな法に触れる生活をしている。しかし、それが必ずしも社会的観点から見て悪いことであるとは限らない。例えば、多くの人は赤信号でも周りに車がいなければ、信号が青に変わるまで待たずに道を渡る。厳密に言えば、これは道路交通法違反ということになる。しかし、これは社会科学の立場から見れば、適切な行動である。なぜならば、そうすることによって、誰にも損害をあたえることなく自分の利益を上げることが出来るからだ。すなわち、この行動は社会的選択基準の中でも一番厳しい条件である「パレート最適条件」を満たしているのである。なぜこのパレート基準が厳しい条件であるかといえば、それが個人間の効用比較可能性を前提としていないからである。現実の社会選択の問題に関して言えば、個人間の効用を比較天秤にかけなければ決められない選択がほとんどである。したがって、パレート最適条件を満たしている行動は、行動する個人の観点からのみならず社会的観点から見ても望ましいという結論を安心して出すことができる。社会の誰にも負の効用を与えずに自分の効用を増大させることによって、社会全体の効用水準は間違いなく上昇しているからだ。したがって、「赤信号でも周りに車がまったくいなければ道を渡る」という行動は法律に反しているかも知れないが社会科学の観点からは望ましい行動であると判断できるのである。

 社会には白黒ではっきり色分けできないグレーゾーンが沢山存在する。そのようなグレーゾーンでの曖昧さの存在が、実は社会が機能するための潤滑油の役割をしている側面がある。もしグレーゾーンを全て白か黒かに決めなければいけないとすれば、おそらく社会はぎすぎすし油の切れた歯車のようになって機能しなくなるだろう。実際、世渡りの下手な知人のような人物が人口の過半数を占めるような社会はまったく機能しないだろう。24時間緊張し続けてお互いぎすぎすし安心して生活など出来ない。常に人の目を気にして生きていくのでは、とても息苦しい社会になってしまうであろう。実際、世渡りの下手な知人のような人は、英語圏でも「whistle blower」と呼ばれて回りからは嫌われる存在である。

 では逆に、世渡りの下手な知人のような人物が世の中に全くいなかったら社会はどうなるだろうか?今度は逆に、みんなが互いに馴れ合う談合社会になってしまうであろう。談合社会の問題点は、そのグループの一員になれば大きな利益を享受できるが、その利益はグループの外の人々の損害の基に成り立っているものであるという点である。しかも、ほとんどの場合、後者の損害の方が前者の利益よりも大きいので、社会的観点からは談合は望ましくないということになる。そのような場合には、世渡りの下手な人物がグループの外の人に事実を伝えることによって社会的利益をもたらすことがありえるわけである。すなわち、世渡りの下手な人物が重要な社会的役割を担っているということになるだろう。

 社会科学の観点から見ると、この問いは人口の何パーセントが世渡りの下手な人間であることが社会的に最適な状態であるかという科学的問題に帰着する。この問題は、ある一定の条件さえそろえば理論モデルを使って明確な答えが出てきそうな面白い社会科学の問題である。だだ、現実の社会を見渡すと、世渡りの下手な知人のような人々は人口のおそらく1%ほどしかいないのではないかという気がする。自分の利害に全く関係ない不正に対して、純粋な正義感から行動する世渡りの下手な知り合いも、自分の出世を犠牲にしてまで、重要な社会的役割を果たしているといえるのだろう。そのような彼に対して、その他99%に属する我々は感謝しなければいけないのだろうと思う。社会は色々なバランスの上に成り立っている。そのようなバランスを維持する役割の一つを世渡りの下手な知人も担っていることになる。


追記: 法とか役人に関する読んで面白くかつ洞察力に富む書物として、末弘厳太郎 著 「役人学三則」、岩波現代文庫(社会7)、岩波書店、2000年、を推薦する。いやしくも公務員を志望する学生にとって、この本は必読書である。


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